活レポ(活法研究会)

古武術整体「活法かっぽう」の症例報告とセミナー情報

2015年01月

静的ストレッチの本当の問題点は連動性が低下すること

副代表の栗原です。

昨年あたりから、運動前のストレッチが「体に良くない」という情報が目立つようになってきました。これまで運動前のストレッチは当たり前でしたが、その常識も変わろうとしています。

ストレッチ

運動前のストレッチが良くない理由は、じっくり伸ばすと筋肉が収縮力を失ってしまい、最大収縮力(パワー)が出なくなるからです。いつもの感じで体が動かなくなり、パフォーマンスも下がり、怪我の確率も上がってしまいます。

正確な表現をすると、運動前に良くないのは、「静的ストレッチ」です。「ジワーと伸ばして待つ」タイプのストレッチです。これに対して動きながら収縮と伸縮を繰り返しながら筋肉の準備をしていくのが「動的ストレッチ」です。

静的ストレッチの問題点は、「筋肉が伸びきってしまい弾性が失われてしまう」と説明されています。古武術の視点からすると、もう一つ大きな問題があります。それは、「筋肉の連動性を奪ってしまうこと」です。むしろ、こちらの方が問題の主ではないかと考えています。

連動性のある動きは、体が勝手に動く無意識の動きです。飛んできたものをとっさに避ける時、バランスを崩して体を立て直す時、どこの筋肉を使おうか、と意識している人は誰もいませんよね。

静的ストレッチを指導された時、「伸ばす筋肉を意識しましょう」と言われたことはないでしょうか。しかし、実際の運動において、特定の筋肉を意識することは全体の協調性に対してはマイナスです。また、意識する場合も縮める側はできても、伸びる側の筋肉を意識するのは難しいのです。

動作時、特定の筋肉に意識を集中するのは良くないとした上で、次のようなことが言えます。

 静的ストレッチ : 伸びる側の筋肉に意識を向ける
 実際の運動 : 縮む側の方が意識しやすい

運動前にもっとも重要なのは、全身の協調性です。全体が一つの目的(動き)に対して協力的に作動するのが筋肉というものです。こうした視点からみると、特定の筋肉に過度な意識を集中させてしまうのが静的ストレッチです。運動直前でなければ、普段通りの生活をしているうちに協調性は戻っていきます。見方を変えれば、性的ストレッチは一時的に協調性を奪っていると言えます。

運動前に筋力をアップさせたい時は、縮む筋肉に意識を向けるのが有効です。活法では、上手にこの原理を利用しています。活法、とりわけ碓井流活法においては、全体の動きを整えることに重点を置いています。

時には意識の置き場を操作することもあります。筋肉に痛みがある時、その反対側の伸びる側の筋肉を(伸びるように)調整して、痛みの軽減をはかることがあります。痛みから意識をそらすことによって、自然な動きを回復させるテクニックです。

人間が動く時、筋肉は自然に動くものです。筋肉を動かそうと思って歩くわけではなく、歩こうと思って筋肉が動いているのです。「歩く」という意識で動いています。その意識に従って、必要な筋肉が必要なだけ働いているという順番です。活法は積極的に意識に働きかけて、最適な運動パターンに回復させていきます。

意識には、表面意識(顕在意識)と無意識(潜在意識)がありますが、活法ではどちらの意識にも働きかけます。時と場合と人によって、わかるように働きかける場合と、わからないように働きかける場合があります。

次回は、「運動前の鍼灸やマッサージは是か非か」を考えてみます。

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呼吸の話(5) 運動と呼吸

身体調整は呼吸を理解しないと始まらない


副代表の栗原です。
呼吸の話の最終回です。

ここまでの話のまとめ
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(1)膨張と収縮
(2)経絡と呼吸(前編)
(3)経絡と呼吸(中編)
(4)経絡と呼吸(後編)
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前回は、「経穴(ツボ)への鍼は呼吸調整の意図から生まれた」という話を書きました。今回は、呼吸と運動の関係について書きます。


■深呼吸ができる人、深呼吸ができない人

呼吸にとって重要な筋肉は横隔膜、そして外肋間筋です。ここでは呼吸の仕組みを詳しく解説することはしません。書いておきたいのは、呼吸はこの2つの筋肉だけではないということです。

深呼吸の女性

深く呼吸をするには、たくさんの筋肉の力を借りなければなりません。サポートしてくれる筋肉を並べて書いてみました。

  吸気時に補助する筋肉
   ・斜角筋
   ・胸鎖乳突筋
   ・肋間挙筋
   ・大胸筋
   ・小胸筋
   ・脊柱起立筋群

  呼気時に補助する筋肉
   ・内肋間筋
   ・腹筋

呼吸に関わっている筋肉がわかると、呼吸を整えるには、こうした筋肉を調整する必要性に気がつきます。一つ一つの筋肉の起始と停止をイメージして、順々にマッサージしてほぐしていくのも一つの方法です。


■呼吸筋だけでは呼吸にならない

私たちの活法では、呼吸に関わる筋肉を個別に観ることはしません。呼吸という一つの運動と見なします。筋肉単位ではなく運動単位で調整します。

人の体を観る上で大切だと思う視点は、

 斜角筋だけでは呼吸にならない
 胸鎖乳突筋だけでは呼吸にならない
 ・・・

ということです。つまり、一つ一つの筋肉が個別に働いたのでは呼吸にはならないのです。必要な筋肉が協調して動くから「呼吸」という運動になるのです。ですから、深い呼吸をさせようと斜角筋だけを緩めても、大きな成果は得られません。関連する筋肉を順々に緩めていけば、成果が出るかもしれません。

だとしても、筋肉の緊張を緩めるだけでは呼吸は深くなりません。深い呼吸のためには、関連する筋肉たちが協調して働く必要があるからです。


■姿勢が呼吸を深くする

私たちは、呼吸をはじめとする筋肉の協調関係を「連動」と言い表しています。すべての運動は連動によって成り立っています。

活法の目は、筋肉単位ではなく運動単位で観ます。運動単位で観られるようになると「連動」を利用した施術ができるようになります。

連動を使うためのヒントを書きます。呼吸を一つの運動として調整するには姿勢がポイントになります。息を吐きやすい姿勢、息を吸いやすい姿勢は何だろうか…と考えることが重要です。

呼吸が浅いということは、息を吐ききる姿勢が上手でない、息を思い切り吸い込む姿勢が上手でない、ということなのです。

活法研究会セミナーの一コマ


■活法と古武術鍼法

活法から生まれた古武術鍼法も基本的には同じように考えます。活法のように運動単位での調整ができます。冒頭に書いた通り、ツボからのアプローチがそもそも呼吸調整です。古武術鍼法のメリットは、ツボの性質を利用しながら、さらに運動単位で呼吸を調整できるところにあります。

古武術鍼法では、重律(じゅうりつ)という概念で、骨格連動系を整えていきます。古典的鍼灸との違いは次の図に示す通りです。

古典的鍼灸と古武術鍼法の共通点と違い

詳細は活法研究会サイトをご覧ください(古武術鍼法の特徴)。


■どんな場合であっても呼吸が基本

鍼であろうと整体であろうと、どんな流派であろうと、呼吸を整えることは健康づくりの基本です。この基本があるかないかで治療の奥行きと幅が決まると言ってもよいでしょう。

呼吸は、無意識に行われている運動でありながら、ある程度の範囲でコントロールもできます。循環、内臓、筋肉、関節のリズムと関わっている呼吸を制することができれば、最高のセルフコントロールになります。そういう分野を研究しているのは、このシリーズの最初で紹介した森田氏(呼吸の話1)です。

私の場合は、呼吸調整に長けているツボと、呼吸を運動単位で調整できる活法のよい面をそれぞれ利用しています。花粉症の治療など、古武術鍼法が生んだ得意分野が呼吸症状であることは偶然ではありません。

それぞれ追究している分野が違うようではありますが、こうやって整理すると、とても近く感じられて面白いです。


■活法を体験できる1日

2月と3月に、活法の世界を楽しむことができる「活法1日体験会」を行います。整体と鍼灸の二部構成になっていて、上半身編と下半身編を用意しました。

活法研究会(活法1日体験会)


もっと多くの鍼灸師に活法の術理を使って頂きたいので、体験会を開催しています。さまざまな流派の鍼灸師が集う勉強会です。新しい視点を手に入れるには最適な機会になると思います。

興味のある方は、定員(先着15名)になる前にお申込みください。

2月22日(日)東京会場 上半身編
3月1日(日)東京会場 下半身編 

活法研究会(鍼灸師のための古武術医方)
http://kappolabo.jp/

呼吸の話(4) 経絡と呼吸(後編)

経絡は何のためにある


副代表の栗原です。
前回は、いわゆる経絡治療の話で脱線しました。話を戻します。


■知識のない方がわかる!

経絡と呼吸の関係と解説します。結論から書いてしまうと、経絡は「呼吸調整のための(無形の)ツール」です。経絡は呼吸調整のためにあると考えると、全てがうまく説明できます。

こらから解説していくわけですが、次の2点を意識して読んで頂きたいと思っています。

 1.シンプルに考えてみる
 2.つくった人の気持ちになる

鍼灸学は、古代の中国で発祥したと言われていますが、この辺は疑う余地はないでしょう。その当時、現代人のように医学知識もありません。それでも、人が生命の危機に遭遇した時はどうにかして救おうと努力していました。


■生きている人間と死んだ人間の違い

生きている人間と死んだ人間の違いはなんでしょうか。

まず呼吸があるかないか。息をしている者が生きていて、息をしていない者は死んでいます。次に血液を保っているか。何かの事故で多量の血液を失うと死んでしまいます。

呼吸と血液を保つことが生命を守ることです。この他に食べることも必要です。最後の食べ物についてはテーマから外れるので無視すると、病気の際には、呼吸を整え、血液を浄化することが必要になります。呼吸と血液の共通点はすぐに脈だと気がつきます。呼吸が速くなれば、鼓動や脈も速くなります。この相関関係にすぐ気がつくでしょう。


■学者の血が騒いだ

血液が流れていることに気がつけば、興味は血液の巡行ルートになります。まずは体表から見える血管を指標にするはずです。四肢は血管がうっすらと見えますが体幹部は見えません。経絡は、四肢の血管と共通点がかなり多く、体幹部では共通点が見当たりません。

四肢において、血管走行と経絡(経脈)走行は類似点が多く、体幹部においては類似点が少ないことがわかります。こうしたことから、経絡(経脈)は血管を指標につくられたと考えるのが妥当でしょう。周りを納得させるにも、目に見えないものより見るもので説明する方が楽です。

原始ツボ所属ツボ

理論的に仕上げようとするあまり、多少の無理をしているでしょう。こじつけた話には注意が必要です。東洋医学を否定したがる人の餌食になります。


■気の存在に気がつく!

こうするうと、ツボは血液が滞りが出やすい位置だと言えます。この時点では「気」ではなく「血液」です。ですから、原始的な鍼治療は、瀉血に近いものだと考えられます。

呼吸が止めたら苦しくなるので、空気中には生命を支える重要な何かがあるはずだと考えます。それが、血液と共に全身に巡っていることにも気がついたのでしょう。その何かを「気」という言葉で表すなら、「気」は「血液」と一緒に全身を巡りながら生命にエネルギーを与えているものになります。

このようにシンプルに考えていくと、現代医学としても理解できる話ですし、東洋医学とも矛盾しません。

血液の浄化呼吸の調整

最初は血液がターゲットだった鍼も、次第に用途が拡大されていき、「気」の巡行を助けるだけなら、わざわざ血を出す必要もない、と考えるようになっていったのでしょう。「気」とは、呼吸によって体内に運ばれた「何か」のことです。脈動と呼吸に関係している「何か」です。

その後、「気」という言葉がいろいろな意味で使われ始めていますが、わからないものを「気」と呼んでいたと理解してください。そうすれば、「気が何であるか?」を議論する必要はありません。


■鍼の、本当の目的は呼吸調整

このように考えると、経穴(ツボ)への鍼というものは呼吸を調整しようとする意図から生まれたものだと言えます。そもそも、鍼とは呼吸調整の方法なのです。呼吸を調整することによって病気から回復しようと考えたのでしょう。

鍼というと、鎮痛作用を思い浮かべる人が多いです。しかし、ここに説明したように、呼吸の調整のために(血を出さない)鍼が使われ出したと考える方が妥当なのです。

鍼灸を受けると、呼吸がゆっくりと深くなります。呼吸が楽になるという経験を多くの方が語っています。それは当然。呼吸が整うポイントがツボなのですから。


■まとめ

経絡の誕生


次に着目するのは、呼吸が運動の一つであるということです。運動系を整えると呼吸系も整ってきます。次回はその辺りの話をします。活法の話に入っていきます。

つづく…「呼吸の話(4) 運動と呼吸」

活法研究会(鍼灸師のための古武術医方)
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活法1日体験会(東京)
上半身編 2015年2月22日(日)
下半身編 2015年3月1日(日)

呼吸の話(3) 経絡と呼吸(中編)

副代表の栗原です。

経絡と呼吸(前編)」のつづきです。

経絡と呼吸の関係について書く予定でしたが、予定を変更して、いわゆる経絡治療の歴史を間に挟みます。なぜ私が経絡治療の前に「いわゆる」とつけているのか、この記事を読むとお分かり頂けると思います。

■昭和鍼灸と柳谷素霊

『昭和鍼灸の歳月 経絡治療への道』は、鍼灸師であれば読んでおいた方がよい本です。ここには、いわゆる経絡治療がどのように築かれていったのか、事細かく書かれています。

昭和鍼灸の歳月

いわゆる経絡治療は、柳谷素霊先生の一門が古典的鍼灸を具現化したものです。時代は大東亜戦争の頃ですから、今から70年くらい前のことです。「脈診」を最重視する方針で固められた一派です。

当初は「古典的治療」を言われていたものが「経絡的治療」と名を変え、最後には「『的』はいらないんじゃないか」ということになって、「経絡治療」と言われるようになりました。この本に書かれていることを20秒で理解できる図をつくりました。

古典に還れから経絡治療まで


■経絡治療の定義

経絡を使う唯一の流派のように見える名前ですが、正しい理解は「脈診メインでやっていきましょうの会」です。「脈診」の「脈」は橈骨動脈、つまり手首の脈のことです。

「経絡治療は、脈診だけでなく腹診も切経も重要」という反論もあるでしょうが、この本には脈診をもっとも重視していたとしっかり書いてあります。

この脈診をメインとした鍼灸を標準にしようと汗を流したのが、(故)竹山晋一郎先生です。先生は、経絡治療を次のように定義しています。

経絡的治療法とは、鍼灸術固有の診断術により、経絡の変動を察し、その変動を調整することによって身体的違和感を調整するものである。診断術としては望診、腹診等も用いられるが、主力のおかれるのは脈診と触診である。脈によって経絡の変動を察し、触診によって経絡上における陷下、硬骨、感応点を探り、それらの変動を調整するものである。(『昭和鍼灸の歳月』より)

この本をじっくり読むと、竹山先生が、自ら先導して作り上げた「経絡治療」に強くこだわっていた様子がわかります。

経絡治療の反対者

素霊先生は誰の意見もよく聞く人だったようです。素霊先生が目指していたものは、もっと緩いものだったようです。ある意味、現代は何でもあり。私も信念に基づき好きなようにやっています。2015年の鍼灸を見たら素霊先生は何を思うのでしょうか…。

素霊先生のスタンスはこのように説明されてます。

長い年月の歴史の批判を通って生き抜いてきた古典的鍼灸術を中心にしていくのが当面の正道であり、そしてなお、家伝であろうが秘伝であろうが、たとえ巷のじいさんばあさんの灸点であろうが、効くと事実があればそれも取り入れる必要があり…(『昭和鍼灸の歳月より)

次回は呼吸の話が完結です。

つづく…経絡と呼吸(後編)

活法研究会(鍼灸師のための古武術医方)
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活法1日体験会(東京)
上半身編 2015年2月22日(日)
下半身編 2015年3月1日(日)

呼吸の話(2) 経絡と呼吸(前編)

副代表の栗原です。

前回の「膨張と収縮」のつづきです。

呼吸と経絡には深い関係があります。ただし、その前に経絡のことを整理しておく必要があります。多くの鍼灸師が経絡を誤解し、誤解されたまま、経絡が批評の対象となっている現実があります。

なぜ経絡は気の流れるルートなのか

経絡を本来の意味で理解するためには、呼吸がキーワードになると考えています。「東洋医学では経絡という気の流れるルートがあると言われています」という説明から抜け出す方法を私は真剣に考えています。経絡は見えないエネルギーを想定して語るものではなく、現実に見える生命活動と重ねて語ることが大切です。

いったん、経絡を白紙に戻すことで鍼灸学は生まれ変わります。実際、経絡にとっくに別れを告げている鍼灸師も多くいます。皮肉なことにそうした鍼灸師の台頭が目立ちます。果たして、経絡には意味がないのでしょうか。私はそうは思いません。経絡は実用的なものです。問題は使い方です。


■踏み絵を踏んでみる

活法では経絡(けいらく)を使いません。鍼灸師である私は、そのことに衝撃を受けました。私にとって経絡は、ツボ選びの拠り所だったからです。鍼灸師から経絡を奪うことは、船乗りからコンパスを奪うことと同じ意味だと思っていました。

碓井流活法

経絡のない世界に寄り道してみると、それまで見えなかったものが見えるようになりました。寄り道のつもりで入り込んだ道には宝がいっぱいありました。

経絡から離れてみたことで、経絡のことがもっとわかるようになりました。経絡は、絶対的な指標にはなりません。経絡は、人体を診る上でひとつの切り口でしかありません。伝統を重んじる鍼灸師にとって、これは、キリシタンが踏み絵を踏むような行為です。こうした発言をした時点で出入り禁止になるところはたくさんあります。


■信仰と学問

私には、「医学は信じるものではなく学問」という信念があります。「経絡というものがあるらしい」の上に積み上げられた鍼灸には、信仰との境界線がありません。鍼灸を非科学的だと突く人の気持ちも理解できます。スピリチュアルな世界だと思われてしまうことも仕方ないと思います。そうであってもいいという人、そうあるべきだという人もいますが、私はそうではありません。

経絡は信仰の対象ではなくツールである

鍼灸は誰にでもわかる世界です。誰もがその恩恵を享受できるはずです。そのためには、経絡を「信仰」から「学問」に引き戻さなければなりません。そのために必要なのは、「経絡はあるか、ないか」という議論をやめることです。経絡は、鍼を運用するために創造された思考ルートであり運用ルートでしかないと私は考えています。

「ルート」という言葉は、「パターン」や「ツール」という言葉に置き換えてもよいと思います。経絡は、数学で言うところの数式と同じです。経絡という数式に当てはまる現象が多く見られるというだけです。ただ、人体の複雑性の前では、例外的な現象もたくさんあり、通用する時とそうでない時があります。


■柳谷素霊の亡霊

目に見えず、触れることもできない経絡。「見える、感じる」という人と真っ向から議論するつもりはありません。「誰もが見える、誰もが感じる」ものでないという意味ですから。

昭和鍼灸の歳月

経絡を否定したいわけではありません。そろそろ経絡信仰に終わりを告げてもよい時代かと思っているのです。柳谷素霊先生の亡霊に鍼灸業界は取り憑かれた状態です。鍼灸の昭和史を紐解けば、いわゆる経絡治療のみが経絡を運用できるわけでもなく、経絡を運用することがいわゆる経絡治療でないことは明白です。

これより先の話は、業界誌の『温故知新』の連載で詳しく書かせて頂いたので、興味のある方はバックナンバーをご覧ください。経絡信仰から脱却するため「経穴デザイン」という思考を提唱しています。今後の展開も含めて温かく見守って頂けたら幸いです。

つづく…経絡と呼吸(中編) でも、ほとんど経絡治療の歴史

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